<河島英五さんについて> 2001.12.12.
私は、震災の後、人の前で歌い始めるようになった。震災ボランティアをしているとき自分の歌が生まれ、その歌を一人でも多くの人に聞いてもらおうという気持ちから、音楽活動を始めた。
オリジナル曲は少ないので、自分と同じ気持ちを歌っているヒット曲を取り入れるようになった。その中に河島英五さんの曲がある。「時代おくれ」や「酒と泪と男と女」。
主に震災復興関連のイベントに参加させてもらっているうちに、河島英五さんが『復興の詩』という震災義援コンサートを、震災のあった1995年から毎年開催し、収益金を震災遺児の育英のために寄付していることを知った。その新聞記事「・・・本当の復興には長い時間がかかる。十年は続けるつもりです。」という言葉がうれしかった。3年くらい前のことだった。
まったくの素人である私の歌でも、それを聞いて涙を流してくれる人がいる。私のオリジナル曲に、「元気が出る曲だね」と言ってくれる人がいる。私なりに、「せっかく始めたこと。聞いてくれる人もいるし、めげずに十年くらいは挑戦しよう」という思いがあったので、河島英五さんが急に身近な存在になった。
そうなると、どうしても直接会って話がしたくなる。記事の中にある連絡先に電話をした。河島さんのライブ・レストラン(BEE HOUSE)だった。場所を確認した。お店で歌えることも確認した。仕事で近くに行ったとき、店の前までは行ってみた。
今年こそ、BEE HOUSEに行って、スタッフの人に私の気持ちを伝えようと思っていた。できれば河島英五さんに直接話をしたかった。今年は無理でも、いつか『復興の詩』のステージに参加させてもらえるように交渉する気でいた。そんな矢先、『河島英五急逝』を知った。
一度も会ったことはないけれど・・・もう一度会いたいと思った。
『河島英五 全曲集‘98』を買った。改めて河島英五の曲をレパートリーに追加した。
私はイベントで歌うとき、「私なりに『復興の詩』を続けていきます。」と宣言することがある。いつか河島英五さんの『復興の詩』に参加できることを夢見ながら・・・。
『震災』という言葉を外して考えたとき、どんなときも『心の復興の過程』にある人がいると思う。そんな人の力になれるなら、私は10年と言わず、もっと長く『復興の詩』を続けていきたい。
もしかしたら、それは『自分自身の心の復興』のためなのかもしれないけれど・・・。