高いところから見たフィレンツェ

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ミケランジェロ広場 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ジォットーの鐘楼
階段で上ります。

ミケランジェロ広場は、町の南の丘の上にあります。ここから見るフィレンツェは、ここから眺めることを目的に町を設計していったのではないかと思わせるほど美しいです。ぜひ丘まで行って、景観・歴史ともに見ごたえ十分のフィレンツェを眺めてみましょう。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ジォットーの鐘楼 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ドゥオモのお隣、ピンクとグリーンの壁が美しいジォットーの鐘楼。その名の通り画家ジォットーらの手によります。片道414段の石の階段には、膝が大爆笑状態(^^;。でもこの鐘楼の頂上からは、360度の町のパノラマを堪能できます。


ドゥオモの大きな丸屋根もすぐ目の前に!


鐘楼から見た市内。手前の丘がミケランジェロの丘。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ボーボリ庭園(ピッティ宮殿) ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


アルノ川南岸にあるこの宮殿は、ピッティ家が建てたものですが、後にメディチ家の所有となりました。
現在は3つの美術館が入っていて、総称ピッティ美術館と呼ばれています。
付設のボーボリ庭園は高台にあるので、頂上からはトスカーナ地方のなだらかな感じがよくわかります。

サンタ・マリア大聖堂

ドゥオモの正式名称はサンタ・マリア・デル・フィオーレ(花のサンタ・マリア)といいます。その名の通り、オレンジ色の巨大なドームを抱いたこの大聖堂は花のよう。外見にくらべると内部は質素な感じですが、ミサの時間のオルガンの響きはなんとも荘厳です。時間ごとにならされる鐘の音は町に響き渡り、ああヨーロッパにいるのねえという気分にひたれます。建設工事の着工はなんと1296年、便利な建設機械などない時代にこれだけのものを創りあげたのはひとえに神への信仰心から。人間てほんとすごいですね。


フィレンツェのシンボル。

ヴェッキオ宮殿

ヴェッキオ宮殿は、シニョーリア広場に面しています。かつて共和国時代の政庁舎は、現在市庁舎として使われています。内部見学可です。ダ・ヴィンチとミケランジェロが壁画の受注を争った2階の「五百人広間」や、一時期ここで共和国官僚として働いていたマキャベッリの肖像画など、見ごたえのある部屋がたくさんあります。



メディチ家礼拝堂

サン・ロレンツォ教会の一角にあるメディチ一族の礼拝堂です。壁一面にはめ込まれた深緑石と茶色の石が印象的な豪華な内装は、墓所というよりは豪華な邸宅の一室のようです。ミケランジェロの彫刻思索」と「行動」、「昼」と「夜」、「曙」と「夕暮れ」のある「新聖器室」は必見です。


棺の上部にメディチの紋章が見えます。



サンタ・クローチェ教会

ファサードがきれいな教会。教会前の広場は、映画『眺めのいい部屋』にも出てきました。



サン・マルコ修道院

ドメニコ派の修道院。メディチ家を糾弾した修道士サヴォナローラも、ここの所属でした。
静かな僧房の一角に、フラ・アンジェリコの有名な『受胎告知』があります。実物を見て初めて壁にかかれたものだったと知りました。
各僧坊の壁には宗教的なフレスコ画が描かれていて、当時の修道僧の生活の様子がわずかならがしのばれます。

ウフィッツィ美術館

ウフィッツィは英語でいうとオフィス(事務所)の意味。トスカナ大公コジモ・ディ・メディチが公国の役所として建てた建物の呼び名が今も使われています。世界三大美術館のひとつ。ボッティチェルリの『春』『ヴィーナスの誕生』、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエルロなどなど、ルネサンス巨匠の宝庫です。

ヴェッキオ橋

ひょっとすると橋を渡っていることに気づかない!?橋上の両側に商店が軒を並べる珍しい橋です。今はフィレンツェの名産である貴金属店が多いです。



アルノ川

町のはずれで流れをせき止めているため、「逆さ富士」ならぬ「逆さヴェッキオ橋」が見られるくらい、町中のアルノ河の流れは静かです。この河ちゃんと魚がいるようで、釣り糸をたれる人の姿もちらほら..夕暮れには、こうもりが飛び交い、かわうそのような生物の影も。石造りの町でも結構自然て残っているんですね。



メディチの紋章を探せ

町の建物のいたるところに、メディチ家の紋章を見ることできます。金融業で莫大な富を得たメディチ家は、フィレンツェに繁栄をもたらしました。その財力をバックに、商人の出でありながら、フランス王アンリ2世妃カトリーヌ・ド・メディチ、法王レオ10世と歴史に名を残したメディチ出身者は少なくありません。当然本拠地フィレンツェにもコジモ、ロレンツォといった有能な当主が出て、活発な商業活動の傍ら芸術家達を保護したのでこの1キロ四方の小さな町は、ルネサンスの花形となりえたのです。メディチ家の紋章は玉が6個楕円形に並んだものですが、この玉は元々は薬を商っていた彼らの商品、丸薬を意味しているそうです。あちこちの建物の壁に残るこの紋章は、いかにメディチ家の力が強大だったかを今に物語っています。