左鎖骨骨折日記
鎖骨を骨折してしまい、痛いは、家族や職場に迷惑をかけるは、面目ない。

鎖骨バンド
後ろから羽交い締めとなり
強制的に胸をはる姿勢となる
2002年5月13日。1日目。
ソフトボールをプレー中、事故は起こった。ピッチャー後ろへのフライを捕るべく、大人2人が激突。
仰向けに倒れしばらく動けず、落ち着いたかに感じるも左肩に違和感を覚えた。何か変だ。
立ってみると顔から血の気が引いていき、吐き気がする。”ちょっと気分が悪いから”と
とりあえずまた横になった。横になると徐々に気分が回復した。左肩を動かすと、ガクガクと
何かが、擦れる感触がする。左肩から左鎖骨部を、右手で触ると、真ん中に隆起する部分がある。
痛みよりも、不快感が主であったので、肩を脱臼したかと思った。
救急車を呼んでもらって、大袈裟と思いながら乗り込む。最初、痛みは少なかったが、徐々に
増悪した。吐き気を我慢する。また左肩に右手をやると、皮下の骨様の隆起。鎖骨が折れていると
この時認識した。救急センターに到着した。レントゲン撮影、左鎖骨がポッキリ折れ二重に重なっていた。
整形外科のDrが説明によると
1 左鎖骨骨折である。
2 基本的には保存的に治療する。鎖骨バンドを着用し、3ヶ月程かかる。途中動かしたりすると
1年位かかる場合がある。
3 手術する方法もある。鋼線を鎖骨の中に1本通す。2週間くらいで仕事に復帰できる。
仕事の都合、手術を希望する旨申し出た。胸を張る姿勢が、大切と指導された。
鎖骨バンドを着けてもらうと、痛みが半減し楽になった。自力で歩行しても気分不良はなくなった。
このバンドは睡眠中も着けておく様指導された。翌日再来を命じられ、レントゲンの経過で治療
方針を決める事となり、自宅に帰った。
鎖骨バンドにて、胸を後ろから羽交い締めにされ、身動きが不自由きわまりない。左上腕や首を
動かすと、骨折部がグキッとずれて痛い。一番つらいのが、就寝のため横になる時で、かなりの
骨折部の痛みを伴う。仰臥位になってしまうと、痛みはなくなった。
痛み止めロキソニン1錠内服
2002年5月14日。2日目。
目が醒める。動くと左肩が痛い。はて、どうやって立とうか? 試行錯誤の末、右側臥位となり
右手を使って、座位になろうとすると、ボキッ、ヒーと痛みが走った。そうだ、胸を張るのだ...
鳥の様に、大きく息を吸って胸を張ると、痛みは和らいだ。顔を大きく右に向けたため、左胸鎖
乳突筋が引っ張られ、左鎖骨の近位部が上方向に移動したためと勝手に解釈した。その後は
左手で骨折部を軽く押さえ、顔を左下方向(患側)に向かせ、胸を張りながら体動すると上手く
いくという経験則が得られた(真実かどうかは不明)。
妻に車で送ってもらい、整形外科再来に受診する。レントゲンでは、骨折部の重なりは大分
改善されており、Drの診察でも、鎖骨の飛び出しも改善されているとのこと。
4 保存的に鎖骨バンドで治療しても、手術をしても、骨の接着する確率は変わらない。
5 鎖骨バンドの保存療法でも、右手を使った事務的仕事なら可能である。
6 手術は全身麻酔になる。後日抜釘の必要あり、その時は局麻である。
Drも積極的には手術を勧めるわけでなく、要は考え方次第の様だ。昨日と異なり、しばらく
保存的に鎖骨バンドで経過をみる事とし帰宅した。気分はソワソワするが、何も手につかない。
整形外科の教科書があったのを思い出し、めくってみる。”頻度の高い骨折で、骨癒合は良好
変形治癒しても機能障害の原因とならないので主として保存的治療が成される。8字帯あるいは
既製の鎖骨バンドで4-5週間固定する。粉砕骨折や合併症を伴う骨折では観血的整復、内固定
を行う”との記載。気長に人本来の治癒力を活かし治療するのも良い経験かもしれない等と
自分で自分を納得させる。左手が浮腫むため、時々肩を少しだけ挙上し、血行を良くする。
下半身だけ裸になり、腰まで入浴してみると、案外うまくいく。
痛み止めロキソニン3錠3×
※ 肩から転倒すると、鎖骨は折れやすいらしい。鎖骨は曲がっているので長軸に強い力が
かかるとポキッと折れるとのこと。ネットで体験談をしらべると、ライダー(バイク乗り)や
スキー、スノーボードの転倒事故が多い様だ。
※ 鎖骨の外側の端の方が折れると、くっつきにくいらしい。粉砕骨折も同様。
※ 手術にはプレートとワイヤーを使う昔からの手術と、鋼線を鎖骨の中に通す新しい治療が
あるらしい。
2002年5月15日。3日目。
骨折部が、ゴキッといって痛むので、その都度、胸を張るポーズをする。鎖骨バンドで羽交い
締め状態のため、肩こり、筋肉痛、筋緊張性頭痛が一緒にきた感じである。どうしようもなく
昼寝をする。夜になり、不思議と骨折部の痛みが軽減した。ゴキッと擦れても余り痛まない。
痛み止めインフリーS 2カプセル2×
2002年5月16日。4日目。
骨折部の痛みはあるも許容範囲となり、笑顔もでてくる。2回目の再来日。整形外科Drに5分程
鎖骨バンドを外してもらい、上体清拭、シャツの着替えをしてもらう。終わったらさらにきつく
鎖骨バンドを締められた。クシャミをすると痛みが走る。頭がかゆくて仕方ない。いきつけの
理容店にお願いして洗髪だけしてもらう。
痛み止めインフリーS 2カプセル2×
2002年5月17日。5日目。
体動時骨折部がコリコリと擦れる。痛みはほとんど無くなる。しかし、咳、クシャミ、吃逆の
時は、ズキンと響く。左上腕を使うと何かの拍子に痛む。そろそろ、どうやって職場復帰するか
予行練習をしてみる。鎖骨バンドで後ろから羽交い締めのため、両手を使った作業が、自分の
腹の直前の領域しかできない。ほとんど右手のみの使用となる。両手を一緒に使おうとすると、
胸の張りが緩み痛みが出る。コンピュータのキーボードなら片手打ちでどうにかいけるが、
机上の事務的仕事はかなり効率悪そうである。車の運転は、まだできそうにない。
今頃になり左前胸部に皮下出血所見が拡がる。
痛み止めインフリーS 2カプセル2×
2002年5月18日。6日目。
2時頃左上肢の筋肉痛で目覚める。左手が動きにくい。鎖骨バンドで腋窩で神経を圧迫したのか、
しびれている。家族にバンドを少し緩めてもらい改善する。痛み止め内服をやめてみる。昼から
微熱がでてきたため、やはり服用する。時々コリッと骨がずれる。クシャミの時に不快な痛み。
前開きシャツは左手を通し、右手で右肩方向に回すとOK。パンツは中腰で左から足をつっこみ
次に右足を入れればOK。靴下は、右は右手でなんとかなるが、左は困難。洗顔は両手で水を
すくえないので、おしぼりを使用。両手を使って鼻をかめない。歯磨きは問題ない。トイレも洋式
ならなんとか可能。鎖骨バンドを濡らせないのと、外すのが恐いので、カッパを着て、洗髪をする。
変な光景であろうがうまくいく。
痛み止めインフリーS 2カプセル2×
2002年5月19日。7日目。
寝起きの時、鎖骨部がコリッとする。骨折より、鎖骨バンドによる不快感が強くなる。このまま
3-4ヶ月はめるかと思うと気が思い。
痛み止めインフリーS 2カプセル2×
2002年5月20日。8日目。
口内炎ができ、痛み止めをやめる。再来日にて受診。できるだけ骨折部が擦れない様体動する
様指導される。左腋窩のバンドにより、皮膚がまけているらしく、タオルを入れてもらう。
楽になる。
2002年5月21日。9日目。
痛み止めなしでも痛みはない。鎖骨バンドで寝返りがうてないので腰痛出現。寝起きに骨が
どうしてもコキッという。ベッドがあればいわないかもしれない。
以上、私の場合、骨折の強い痛みは4日位、鈍痛不快感は9日位で落ち着いた。後は鎖骨バンド
と数カ月付き合うことになるのだろう。
2002年5月23日。11日目。
再来日。Drに皮膚の付け替えと、鎖骨バンドを締め直してもらう。皮下出血痕が左乳頭付近まで
拡がっており、割と出血したんだと再認識する。
くしゃみをしても痛みなし。ただし、左鎖骨部がくしゃみの時もりあがる。寝起きに骨がコリッ
という程度。鎖骨バンドによる不快が著明。腰痛肩こり頸部痛。左上腕が動かせないため、両手
を使った作業は難しい。時々クッションを背中に当て、ソファーに胸を張る様に座り、バンドの
テンションをとると楽になる。明日より仕事再開。運転はできないので家族に送ってもらう予定。
2002年5月24日。12日目。
仕事再開。運転は危険そうなので家族に送り迎えをしてもらう。左手をとっさの時に使って
しまい(特に電話を受ける時)、痛む。用心。急がずゆっくり、なんとか1日が終わる。
2002年5月30日。18日目。
再来日。レントゲンでは骨折部は離れているが、前回とのズレはなく、イイ感じとの事。今度は
2週間後再来とのこと。左上腕をできるだけ動かさない様再度注意をうけた。後は鎖骨バンドと
骨折部の安静で、自然に治癒するのを待つのみ。睡眠時寝返りできないため、腰痛と腸腰筋当り
の筋肉痛が不快。亀がひっくり返って動けないシーンを連想する。
2002年6月2日。21日目。
体動時のコリッがだいぶ少なくなる。仕事で左上腕を動かせないので、不便である。手技が
できず困るも仕方ない。
2002年6月6日。25日目。
骨折部はどうもないが、左肩が抜ける様に痛い。左上腕を動かさないのと、鎖骨バンドで
後下方に引っ張られるのとで、肩周囲の筋肉と腱が伸び切った感じである。臥位になり
鎖骨バンドのテンションをとると回復。少し左手も使った方がよさそうだ。再度痛み止め
を服用開始。牛乳と小魚を食べている。
2002年6月13日。32日目。
再来日、レントゲンで前回と著変化なし。少し変形してくっつく様だが、経過としては
順調の様だ。入浴の時だけ鎖骨バンドをとり胸を張ったまま他人に洗ってもらって良いと、
許可がでる。久しぶりに上半身に湯がかかり気持ち良い。
2002年6月16日。35日目。
左鎖骨骨折部は、段差があるものの、何となくくっついている感じがする。左手も以前より
自然と動く。
2002年6月29日。48日目。
左手の可動域が自然と広くなっている。入浴時鎖骨バンドを外した時の、左肩が下方へ
抜ける様な不快感も軽減してきた。印象としては、くっついてきた感じ。
2002年7月4日。53日目。
3週間ぶりの再来日。鎖骨バンドで固定されているせいで、大胸筋、広背筋、三角筋が
薄くなり、かつコチコチに固まり痛い。骨折部はどうもないが、負荷をかけると
少し屈曲する感じ。レントゲンでは、骨はズレているも骨と骨の間に、薄く白い骨新生
が認められるとのこと。骨折部を押されるもどうもない。あと3週間鎖骨バンドを装着
する様指導された。
2002年7月11日。60日目。
大胸筋、広背筋、三角筋の萎縮とコリ、ツリが著明で、仕事中も辛い。入浴時と暇な時に
積極的にマッサージすることとした。左腕を動かすように努める。
2002年7月12日。61日目。
左腕を動かすため、鎖骨バンドを少しだけ緩める。
2002年7月13日。62日目。
午後から、急に調子が良くなった気がする。筋肉痛が大分良くなった。
2002年7月25日。74日目。
3週間ぶりの再来日。レントゲンでさらに骨ができた模様。バンドを外すことが許可された。
ただし、無理な動きは不可。バンドを緩めにして、リハビリを開始。ホットパックで温め、
滑車にて、左手を挙上する。左肩関節は拘縮しており腕があがらない。しばらく、継続が
必要の様である。
2002年7月28日。77日目。
朝から鎖骨バンドを外す。骨折部と周囲筋肉痛がある。軽い運動をすると和らぐ。
左肩関節拘縮がひどく、左手を前に出せない。滑車とおなじ要領で、左腕を前と
外側方向に軽く引っ張るリハを行う。車の運転を試みる。ハンドルにはなんとか
左手が届くが、コラムシフトに全く届かず、本日の所は断念する。
2002年8月4日。84日目。
鎮痛剤を服用しながら、リハビリ継続。日常生活も左手をできるだけ使用。左手が左頬まで
つくようになった。車のコラムシフトにも努力をすれば届く、しかしバックする時真後ろを
なぜか振り替えれず、車庫入れ困難。
2002年8月10日。90日目。
リハビリ継続。徐々に左上腕の可動域が改善。前90°横85°。左手で顔が洗える様になる。
次は左手での洗髪が目標。土曜日で車が少ないので、安全運転で職場に通勤。久しぶり運転
できてうれしい。左肩に徐々に筋肉が戻り、前方に落ちる感じがなくなった。
2002年8月18日。98日目。
リハビリ継続。徐々に左上腕の可動域が改善。左手で頭が半分洗える様になる。
自力で前80°横45°、可動域は前95°横90°まで改善。気長にリハビリを続ける方針。
万歳はできないが、日常生活では、ほぼ不便がなくなった。
今回にて終了いたします。万歳ができたら報告致します。
主治医先生、リハビリ先生、職場の皆様、家族、有り難うございました。
2002年9月8日。
日常生活と仕事には不便を感じなくなった。完全ではないが万歳もどきはできる。
洗髪もできる。次の目標は、水泳でクロールをすること。
2003年10月12日。
いつの間にか、鎖骨を骨折したことを、忘れていた。
現在は、水泳をしても、平泳ぎとクロールを混ぜて500mは泳げる様になった。
小さな上着を着る時に、ちょっと戸惑う程度のことはあるが、不自由は全くない。
そろそろ40才も近いし、体には気をつけよう。
2002.6.13
2002.8.16
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